採用調査で訴えられることはあるのか?詳しく解説

厚生労働省の指針では、採用者の身元調査は推奨されていません。
しかし、採用調査を違法と捉える必要はありません。
ただし、自社で行う採用調査にはリスクやデメリットもあります。
採用調査の法的な観点と、調査会社の調査がプライバシー侵害に当たるのでしょうか。
採用調査の法的根拠

企業(使用者)には、「採用の自由」が認められています。
どのような人を雇うかは企業の自由であり、具体的な内容として、以下の「自由」が存在します。
- 雇入人数決定の自由
- 選択の自由
- 契約締結の自由
- 調査の自由
このように、どのような者を、どのような条件で雇うかは企業側の「権利」になります。
採用の自由
採用の自由とは、人を雇用する企業(使用者側)が、雇用契約を結ぶときに認められる契約の自由です。
雇用契約については、採用の自由により使用者側に裁量があることを示しています。
- 【雇入人数決定の自由】
複数の求職者がいる場合、何名を採用するかは、企業の自由な裁量に委ねられています。 - 【選択の自由】
複数の求職者がいる場合、どのような基準で、誰と雇用契約を締結するかは、企業側が決めることができます。 - 【契約締結の自由】
雇用契約を締結するか、しないかは、企業側が自由に決定することができます。 - 【調査の自由】
採用段階の選択については、企業側が考慮要素となる事情について自由に調べることができます。
具体的には、面接時の質問、採用調査などがあります。
雇用契約の採用時には、「採用の自由」によって企業側の裁量が認められていますが、雇用契約を解約する「解雇」では、労働者にとって不利益が大きいことから、合理的な理由があり、社会通念上相当なものでなければ「不当解雇」となってしまいます。
使用者側としては、「採用の自由」のある段階で、十分な選考を行う必要があるのです。
「採用の自由」に関する法律
採用の自由は、憲法、民法、労働基準法といった法的に認められた権利です。
【憲法上の根拠】
憲法では、国民に経済的自由権が与えられています。
憲法22条
- 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
- 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
憲法29条
財産権は、これを侵してはならない。
しかし、憲法では、国民に思想・信条の自由(憲法19条)を認めています。
国民の「思想・信条の自由」は、労働問題の場面でも、それを理由に労働条件について差別することは違法です。
採用選考の場面では、使用者側の「経済活動の自由」と、労働者側の「思想・信条の自由」を調整をする必要があります。
【民法上の根拠】
民法には、契約は契約当事者の合意によって決まるという「契約の自由」があります。
この「契約の自由」を雇用契約という特殊な場面に、あてはめた考え方です。
「契約」の一種である雇用契約も、当事者間(労使)の合意によるということです。
そのため、会社側にも、契約締結を拒絶、選択する権利があるといえます。
【労働基準法上の根拠】
民法は、対等な当事者の法律関係を前提としていますが、労使関係のような力関係に差がある場合、弱い立場の保護が必要となります。そのため、労働者の保護を目的として作られたのが、労働基準法をはじめとする労働法です。労働基準法には、労働条件に関する差別的待遇を禁止する規定があります。
労働基準法3条(均等待遇)
使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。
三菱樹脂事件(S48.12.12最大判)
三菱樹脂株式会社の採用試験において、会社が応募者に対して学生運動に参加したか否かを尋ねていましたが、原告Aは「参加していない」と述べていました。
その後、原告Aは、「3ヶ月の試用期間の後に雇用契約を解除することができる権利を留保する」との条件で、採用されることになります。
ところが、その後に原告Aが学生運動に参加していたことが発覚。
三菱樹脂株式会社は、試用期間満了に際し、原告Aの本採用を拒否しました。
原告Aは、これを不当な採用拒否だとし、雇用契約上の地位確認請求を行いました。
原告Aは、採用試験において応募者の思想を調査し、その思想を理由に本採用を拒否することは、憲法上の「思想・信条の自由」を害する行為であり、差別に当たると主張します。
しかし、憲法の人権規定は、本来「国家」対「私人」の適用を想定していました。
憲法上の「思想・信条の自由」が、「私人」対「私人」の間に適用できるのかが注目されました。
【裁判所の判断】
憲法の人権規定の「私人間効力」については、3つの学説があります。
無効力説、憲法は私人間効力を一切有しないとする説です。
直接適用説、憲法は私人間にも適用可能だとする説です。
間接適用説、憲法を、私法の一般条項を媒介として、人権規定を間接的に適用する説です。
裁判所の判決では、私人間効力について憲法は「私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない」として、直接適用説を否定します。
そして、最高裁は「間接適用説」による解決を示し、民法などの私法規定の解釈によるべきとしました。
また、労働法の争点においては、以下のような見解を示しています。
- 特定の思想を理由に採用拒否することは、"違法ではない"
- 採用試験時に、思想について尋ねることは、"違法ではない"
「留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ、許されるものと解するのが相当である。」として、事件は高裁に差し戻しとなりました。
専門会社を使った採用調査

採用調査と聞いて思い浮かべるものに、前職調査があります。
これは履歴・経歴詐称を調べる意味に加え、応募者の適正・能力を知るのに有効な手段です。
しかし、近年は個人情報保護の観点から、情報提供を断る企業が多いため、自社で前職調査などを行うことは、手間に比べて有用性・信用性が低く、有効な方法とは言えません。また、誤って違法調査を行ってしまうリスクもあります。
採用調査が必要な際には、専門会社へ調査を依頼することを検討しましょう。
バックグラウンドチェック(採用調査・身辺調査)
バックグラウンドチェックは、雇用前に身元調査で、採用選考段階の候補者の経歴をチェックするために実施されます。
欧米では一般に実施されているものですが、これまで日本では、主に外資系や金融系の企業で行われていた程度でした。
近年、日本でも終身雇用という価値観が変化し、転職回数が増えたこともあり、バックグラウンドチェックを取り入れる企業が増加しました。
バックグラウンドチェックの実施は、企業が自ら実施するケースは少なく、通常は、企業から依頼を受けた調査会社が実施することになります。
バックグラウンドチェックの効果
バックグラウンドチェックを実施する目的は、採用候補者に経歴の虚偽がないか、過去に問題が無かったかを確認することです。
バックグラウンドチェックの実施から、次のような効果が得られます。
効果①:採用候補者の経歴詐称を検知
採用担当者は、採用候補者の履歴書、職務経歴書、面接によって採用可否を判断しなければなりません。
しかし、経歴などの情報は採用候補者の自己申告によるものです。
バックグラウンドチェックの実施では、前職の同僚や上司へのヒアリングにより、候補者の情報の真偽をチェックすることができます。
応募書類の記載内容を確かめる手段として、非常に効果的です。
効果②:採用候補者の信用性をチェック
バックグラウンドチェックの実施は、採用候補者の信用性をチェックすることにもなります。
調査範囲は職歴以外にも、犯罪歴、破産歴、訴訟歴といったものにまで及びます。
情報を精査することで、企業側は候補者への安心感を持つことができます。
バックグラウンドチェックの内容
バックグラウンドチェックで実施される調査内容は、主に以下のものが挙げられます。
【調査内容】
- 学歴
- 職歴
- 反社チェック
- 犯罪歴
- 民事訴訟歴
- 破産履歴
- インターネット・SNS調査
調査会社は、独自のデータベースや手法を用いて採用候補者の情報を調査します。
また、履歴書・職務経歴書に記載された学歴や職歴に詐称がないかの確認もできます。
学歴であれば、卒業証明書の提出や学校に対して確認し、職歴は前職・現職の同僚や上司へのヒアリングを通じて調査します。
なお、調査報告書は依頼主である企業の採用担当者と関係者のみに報告されます。
まとめ
バックグラウンドチェック(採用調査)で得る個人情報は、個人情報保護法上の「個人データ」に該当するため、同法の適用を受けます。
バックグラウンドチェックは、必ず採用候補者の同意が必要であり、これを怠ることは個人情報保護法違反にあたります。
また、人種や信条、病歴や犯罪歴などの「要配慮個人情報」も、本人の同意を得ずに取得することはできませんので、個人情報取扱事業者として、調査会社が入手しないように委託管理することも求められます。